2.経緯
2.4.2006年(平成18年)
- 1月6日 第5次隊要員約百人の出国報告式が防衛庁で行われた。現地で対外調整や情報収集に当たる。隊長は小瀬幹雄1等陸佐。朝霞(東京)、相馬原(群馬)、松本(長野)、駒門(静岡)等関東やその周辺の約30駐屯地の隊員を中心に構成されている。
- 1月23日 日米英豪4カ国の外務・防衛課長級会談で、2月中にも正式政府が発足することから、英軍は8000人の駐留軍のうち、治安の安定している南部では地元警察に権限を委譲して、500人を3月に撤収を開始し5月に完了、年末までに2000人を撤退させる計画を伝える。
- 1月31日 日本政府が英軍の撤収検討を受け、陸自撤収に向けた本格的な検討に入ったことを発表。英豪軍同様、2月中の正式政府発足を待ち、陸自のみ3月から5月にかけて段階的に撤収を行うこと、代わって空自の輸送活動の対象を24空港に拡大することなどを検討。
- 2月7日 イラク派遣隊員と埼玉県の西武台高等学校生徒とのテレビ会議を開催。
- 2月16日 防衛庁が陸自の撤収計画を公表。3月末から「撤収支援隊」をサマーワに10名、クウェートに100名程度派遣し、5月まで2ヶ月かけてサマーワ駐留隊員600名をクウェートへ移動して支援隊と合流、さらに2ヶ月かけて装備の洗浄と梱包した後、7月中に全員が帰国する。空自による多国籍軍への輸送支援任務は継続して行う。
- 2月24日 日米英豪の防衛会談。政権発足の難航と22日からの宗派対立によって3月からの日英豪軍の撤退が不透明となる。
- 3月3日 産経新聞が日米英豪の政府間調整が難航していると報道。
- 3月4日 読売新聞と朝日新聞が3月中の陸自撤退開始が困難であると報道。
- 3月10日 政府が5月撤退完了を断念する見込みであることが判明する(産経新聞)。
- 3月18日 日米豪3国外相による戦略対話が行われる。テロ対策や中国の伸張に対して会談するも、イラク撤退について具体的な議論は行われなかった。
- 3月22日 小泉首相、自衛隊撤退は日本が独自の判断で行うと声明。
- 3月29日 米ブッシュ大統領が小泉首相と自衛隊を賞賛。合わせて、日本の民主化の成果を誇示。
- 4月9日 麻生外相、自衛隊の撤収次期がこの年9月以降となる可能性を示唆。
- 5月1日 額賀防衛庁長官がワシントンで英豪軍と同時撤収の意向を表明。
- 5月6日 第10次イラク復興支援群(山中敏弘 1等陸佐以下、第12旅団主力500名)の部隊編成。翌日に第1波がクウェート入り。
- 5月17日 来日したコフィ・アナン国連事務総長が小泉首相との会談で、イラクで活動する国連の人員・物資を空輸するよう要請。首相「前向きに対応したい」として協力を示唆。
- 5月20日 イラクで正式な政府が発足する。
- 5月31日 サマーワ近郊で自衛隊と豪軍の車列が走行中、豪軍車両の付近で爆弾が爆発。車両は軽微に損傷したが、負傷者は無し(翌日に発表はあったが、ほとんど報道されなかった)。
- 6月4日 日米英豪4カ国防衛相がシンガポールで会談。陸自撤退は4国で緊密に連携するとしつつ、時期は明らかにしない。ラムズフェルド長官は空自の活動をバグダッドまで拡大するよう打診。
- 6月15日 日米英豪4カ国の外務・防衛実務者がロンドンで協議。英政府がムサンナ県の治安権限移譲の発表を20日に行うと各国に通告。これを受け、日本政府も陸自撤退の検討を再開した。なお、英政府スポークスマンはBBCに対し、権限移譲の発表から最大45日間は英軍を撤収しないと述べている。
- 6月19日 イラク政府のマリキ首相が、7月にムサンナ県の治安権限を英軍から移譲される旨を発表。
- 6月20日 日本政府が安全保障会議で陸上自衛隊の撤収を正式決定し、小泉首相が午後1時の記者会見で発表。決定に基づき、額賀防衛庁長官が陸自に撤収を命令した。同時に撤収支援を行う「後送業務隊」約100名の編成を命令し、6月中にクウェートへ派遣され、サマーワの駐屯隊員をクウェートへ移送、順次帰国させる。最速で7月末に全員が帰国する予定とした。この撤収決定を受け、駐日イラク大使館は同日に陸自の活動を賞賛・感謝する声明を発表した。一方、航空自衛隊はイラク北部のアルビルへの空輸任務が追加された。なおこの日、旧バース党のサマーワ市幹部が何者かに殺害された。
- 6月25日 民間輸送業者によって、サマーワ宿営地から支援物資・機材の搬出を開始。クウェートへ移送する。この日、サマーワ中心部で2度の爆発が起こる。
- 6月26日 サマーワからの撤退を支援する、後送業務隊(約100名)の出発式。同日クウェートへ出発。この日、人員輸送のためタリル飛行場へ向かっていた軽装甲機動車1両がタリル飛行場の手間約10kmの地点の盛り土状の道路を走行中、路面の窪みを避けようとした際にハンドルを取られ脱輪、斜面をずり落ちるように横転した。この事故により搭乗者3人が負傷し車両は自走不能となる。単なる交通事故で攻撃の可能性無しと発表。
- 6月29日 サマーワ宿営地周辺を警戒中だった陸上自衛隊の小型無人ヘリコプター(RMAX Type II G)1機が、同宿営地の北約3kmの地点の空き地に墜落。陸上自衛隊は機体を回収し原因を調査中としているが、故障か操作ミスが原因とみている。
- 7月初め 撤収に理解を求め、隊員の安全を確保する目的で、サマーワ市民向けに自衛隊の復興支援の成果を紹介するテレビコマーシャルの放映を開始。
- 7月2日・4日 サマーワの警察官がデモを行い、ムサンナ県庁に投石。サマーワ警察長官は辞任し、ムサンナ県知事も治安権限委譲後に辞任すると表明した。このころ、サマーワ市幹部が再び殺害され、英軍を狙った爆発(被害なし)も起こるが、自衛隊の撤収計画に影響は無いとしている。
- 7月7日 撤収第1派の約30名がクウェートへ移動。サマーワからタリル飛行場までは英軍ヘリ、飛行場からクウェートのアリ・アルサレム空軍基地までは航空自衛隊のC-130H輸送機で移動した。隊員の安全の為として、防衛庁は直前にクウェートでの取材を拒否した。
- 7月13日 ムサンナ県の治安権限が英軍主導の多国籍軍からイラク軍へ移譲される。
- 7月16日 額賀防衛庁長官がクウェートを訪問し、撤収した隊員を激励。装備品の梱包状況などを視察する。
- 7月17日 陸上自衛隊がサマーワから全面撤収。宿営地に最後まで残った隊長以下、撤収第6派の220人がC-130H輸送機でクウェート入り。額賀長官と金田勝年外務副大臣も到着に立会う。なお、自衛隊撤収後の旧宿営地でイラク軍と地権者の間で銃撃戦が起こる(旧宿営地の使用権について自衛隊・イラク軍・地権者それぞれに通達の行き違いがあったためだが、戦闘の直接の原因は、自衛隊が地元向けに置いて行った電機製品の奪い合いによるもの)。
- 7月18日 額賀長官がクウェート市内のホテルで、サマーワ宿営地を16日にイラク陸軍に引き渡した事を発表。サマーワ周辺の治安を担当するイラク陸軍第10師団第2旅団が司令部として使用する予定。
- 7月20日 第10次イラク復興支援群の帰国第1陣(173人)が日本に到着。
- 7月23日 帰国第2陣(約140人)が民間チャーター機で日本に到着。
- 7月25日 山中敏弘群長ら帰国最終の第3陣(277人)が日本に到着し、派遣された第10次イラク復興支援群と第5次復興業務支援隊の約600人全員の帰国が完了した。山中群長は羽田空港で「任務を完遂し無事帰国できてうれしい。この2年半、国民のみなさんの支援、声援にお礼を言いたい」と話した。なおこの日、隊員の帰国に民間チャーター機が利用されたことに対し、航空労組3団体が「民間機が攻撃対象となる恐れがあった」などと防衛庁に抗議した。
- 7月29日 陸上自衛隊第10次復興支援群などの隊旗返還式が朝霞駐屯地で開かれた。式には第10次復興支援群と第5次復興業務支援隊の約600人の隊員とその家族、国内に残った予備要員約80名、小泉首相、麻生外相、額賀防衛庁長官、イラクのジュマイリ駐日大使などが出席した。式典で小泉首相は「全員が無事帰国できたという事は、日本国民として、また、日本国の総理大臣として、諸君の活動を誇りに思っているところであります」と述べ、部隊を表彰した。また、ジュマイリ駐日大使は「イラク国民、サマーワ市民は自衛隊の素晴らしい活動に感謝している」と述べ、感謝の意を表した。隊員や家族らが見守る中、第10次復興支援群の山中敏弘群長が額賀長官に隊旗を返還し、陸上自衛隊は約2年半にわたるイラク人道復興支援活動の任務を完了した。
- 7月31日 航空自衛隊のC-130H輸送機が活動範囲の拡大しクウェートのアリ・アルサレム空軍基地からバグダッド国際空港へ多国籍軍の兵士等をはじめて輸送した。
- 9月2日 派遣部隊が2004年5月23日に宿営地から出る際、軽装甲機動車の車載5.56mm機関銃MINIMIが暴発し、実弾2発が発射(これによる被害は無い)されていたにも係わらず、現地部隊がすぐに防衛庁に報告していなかったことが分かった。
- 9月9日 - 陸自の撤収支援を行なっていた後送業務隊(約100人)が日本に到着。陸自の活動が終結。
- 10月11日~12月10日 - 陸上自衛隊広報センターで東部方面隊主催による「イラク人道復興支援活動特別展」が開催される。 初日のオープニングセレモニーには日本駐箚イラク大使館付駐在武官のサミ・アンカハジ准将も出席して謝辞を述べた。
- 11月27日 - イラク復興支援群の編成を担任等した陸自各部隊等に対して、陸上幕僚長から第2級、第3級賞状が授与された。
- 12月14日 - 派遣隊員及び在サマーワ外務省連絡事務所職員等約180名に天皇・皇后が皇居宮殿で接見。
(出典:Wikipedia)
ひまつぶしマスタートップ>自衛隊イラク派遣>2006年(平成18年)
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